みなさん、こんな経験はありませんか?
「街ですれ違った人の香水で昔の恋人を思い出した」
「塩素の匂いを嗅ぐとプールで遊んだ子供時代が思い浮かぶ」
大変流行した瑛人さんの『香水』も、まさに香りと恋愛の記憶がリンクする歌詞が多くの方の共感を集めたのではないでしょうか。
さて、フレグランスメーカーのアート・ラボがお届けする 【フレグランス・ラボ通信】 香りのエトセトラ第1回は「香りと記憶」についてのお話です。
匂い・香りを嗅ぐと、よみがえる記憶
毎年秋になると、金木犀のいい香りがどこからともなく漂ってきますよね。
この金木犀の香り、私にとってはこの世の中で一番「せつない香り」として記憶に残されています。
これは若かりし頃この時期に体験した失恋の切ない感情が、ずっと金木犀の香りと一体となって脳の海馬に保管されているからなのです。
香りと記憶が結びつく理由は脳の仕組み
香りと記憶が結びつくその訳は私たちの脳の仕組みと関係があります。
実は、人間の五感の中でも、香りを感じる嗅覚だけが記憶をつかさどる海馬という脳の部位にほぼ直接的に信号を送ることができます。
厳密には、嗅覚からインプットされた情報は、喜怒哀楽をつかさどる大脳辺縁系という脳の部位へ信号を送り、そこにある海馬や扁桃核が反応を起こすというわけです。
海馬は記憶の保管庫のような役割を持っていますので、匂いを察知するとほぼ同時にその該当するファイルを見つけ出し、その時に感じた喜怒哀楽や好き嫌いの感情までもが呼び起こされるという仕組みです。
そのため私たちは、匂いを嗅いだ瞬間に「記憶」と「好き嫌いや喜怒哀楽の感情」がよみがえるのです。
なぜ嗅覚だけが脳に直接働きかけるのか?
その理由は太古の昔、人間が自分たちの命を守るため、危険に関する情報は瞬時に得る必要があったからなのです。
夜闇の中でも獣たちから身を守るためには、獣の匂いをすぐさま察知しなくてはいけません。
そういった意味合いから嗅覚器官のことは、「臭脳」ともよばれており、また「原始脳」とも呼ばれたりします。
また、我々の先祖である哺乳類、爬虫類のみならず昆虫たちも危険を察知するための嗅覚システムを持っています。
「プルースト効果」の由来
このように匂いと脳が結びつく仕組みは「プルースト効果」と呼ばれています。
フランスの文豪、マルセル・プルーストの著書『失われた時を求めて』の中に出てくる「マドレーヌが焼けた匂いとともに昔の記憶が甦る」という一節から名づけられた言葉なのです。
ただし、小説は長くけっこう難解なお話ですが、興味のある方はぜひチャレンジしてみてくださいね。
香りとの上手な付き合い方とは?
プルースト効果を踏まえると、不眠症の方はラベンダーの精油を嗅ぐといい、カモミールがいい、ヒノキは脳にいいなどと言われることもありますが、そもそもラベンダーの香りにいい記憶が結びついていなければ、かえって逆効果しかありません。
また、イギリスでは香りと記憶力に関する研究が行われ、ローズマリーを嗅いだ被験者グループの方が何も香りを嗅がないグループより高い記憶力を発揮したという論文が発表されました。
出典:記憶力アップに効果的な、ある香りとは?
これは嗅覚が脳との結びつきが強いという特徴を活かしていますが、ローズマリーにいい記憶がない方では不眠解消と同様に効果を得がたいでしょう。
つまり、香りは一般的に良いとされている通りではなく、ご自身のいい記憶と結びついた香りを生活に取り入れることが、上手な付き合い方だといえるでしょう。
匂いと脳の仕組みを知れば積極的に活かせる
この香りを感じる嗅覚と脳の仕組みを知っていれば、ある意味では記憶を呼び起こす目的でその匂いを嗅ぐという積極的な行動を起こすこともできます。
例えば、幼児が母親の留守の際に寂しくなって、母親が着ていたブラウスを頭からかぶって匂いを嗅ぎながら、やがて泣き疲れて眠ってしまうように。
幼心にも母を身近に感じる為にこのような行動を起こすという現象が生じます。これはほぼ本能的なもので、無意識で無作為の行動であると言えます。
昨今ではこのような現象を鑑みてアロマセラピーの世界でも「認知症の改善」を目的として芳香療法を研究されている学者も多くいます。
この試みは、天然香料がもっている力そのものというよりも、人間の脳が持っている仕組み自体にもその力があるという方が正しいと私は考えています。
最後に
幼いころの記憶と言えば、私はセルロイドのお面の匂いを嗅ぐと、夜店に連れてもらった時の屋台の情景や周りの喧騒や綿菓子のカラメルの匂いなどがみごとによみがえってきます。
勿論このセルロイドの匂いは天然ではありません。セルロイド(celluloid)とは、ニトロセルロースと樟脳を主原料とする合成樹脂のことですが、私の幼いころには、文房具からおもちゃに至るまで様々な用途に使われてきた素材です。
合成は「危険」、天然は「安全」というイメージをもたれている方もいるかもしれませんが、実は天然香料であれば何でもいいとは限らないのです…。
さて、次回は「天然香料と合成香料のお話」を配信します。ぜひご覧くださいね!